【寄稿連載】工芸クロニクル屏風のヒミツ(善養寺ススムさん)  其の二 ~工芸の歴史は石器時代から始まった~(後編)

2016-05-04

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大公開!工芸のビジネスモデルを紐解く工芸クロニクル屏風の全容

今回解説いただくのはこの石器時代の屏風絵。「自給自足モデルの時代」(後編)です。

ヒミツ1 舟と網

ヒミツ2 麻と革

ヒミツ3 栗と貝

ヒミツ4 絵に登場する生き物を見つけよう!

博覧会会場では本物の石鏃が登場。ぜひ、その精緻なつくりを実物でご覧ください。

【筆者紹介】江戸研究家でもある善養寺さん。江戸の人々が「なぜ月代を剃るのだろう?」を体感的に研究中(当時)。

明日5/5まで開催中の岩手博覧会。お陰さまで初日は大盛況のうちに

終了しました。残る今日と明日の2日間、会場で見ることのできる

「工芸クロニクル屏風」に隠されたヒミツを、

実際に描かれたイラストレーターの善養寺ススムさんに

解説していただく寄稿連載「工芸クロニクル屏風のヒミツ」。


今回は全8時代の工芸を描く屏風絵のうち、

屏風1隻目の1枚、つまり屏風絵のはじまりの絵、

「自給自足モデルの時代」を、前回に引き続いて解説いただきます。

今回は実際に絵を見ながら答え探しができるクイズも出題されるようですよ。

ぜひ、チャンスのある方は岩手博覧会にて実物で答え探しをしてみてください。

それでは善養寺さん、よろしくお願いいたします!


其の零 ~工芸クロニクル屏風を描いた人~ はこちら

其の一 ~工芸の歴史は石器時代から始まった~(前編) はこちら


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(1)自給自足モデルの時代《紀元前一万二千年〜紀元前二千年頃》

屏風一隻目の一枚、「自給自足モデルの時代」をさらに詳しく見てみましょう。

必要なモノをみんなで作って、みんなで使います。

絵は縄文~弥生時代にかけての生活の様子をベースに描きました。

今回は中でも縄文の人々の暮らしをご紹介します。


<ヒミツ1 舟と網>


 この時代に人々が作り始めたものが石器や土器の他にもいろいろあります。

この絵は「丸木舟」と「漁網」を作る姿です。

 丸木舟は大きな木を切り倒して、中をえぐって作ります。

大きさは6〜7メートルくらいだったといわれています。国内の遺跡からは160艘ほど

発掘されていて、とてもポピュラーな道具だったことがわかります。

最も古いのは7000年前のものです。丸太で作った舟は安定性がなく、

穏やかな湾内で漕ぐくらいだろうと思われがちですが、縄文人はこの舟を使って

日本のあちこちを巡り、交易をしていたと考えられています。

 そして、漁網は「苧麻(ちょま)」の繊維などを編んで作られていました。

網には石錘(せきすい)と呼ばれる石の重りが付けられていて、投網として、

または刺し網として使われたようです。

 また、動物の角や牙、骨から作った釣り針や銛も遺跡からは多く出土していて、

イワシ、スズキ、クロダイの他、サメやマグロなんかも捕っていたことがわかっています。

 意外なのは、これらの道具を作るのに、接着剤として「アスファルト」が用いられていた

ことです。アスファルトは石油製品ですから、案外と近代的だなぁなんて思ったりします。


<ヒミツ2 麻と革>


 こちらは「苧麻(ちょま)」から繊維を取って、布を制作している姿です。

漁網にも使われる苧麻は、カラムシとも呼ばれる雑草で、アジア全域に自生しています。

地方によって様々な呼び名があり「青苧(あおそ)」「真麻・苧麻(まお)」とも呼ばれ、

江戸時代でも多く生産されていました。

 防水、防寒には動物の毛皮が用いられました。絵には皮の裏につく脂肪を、

石でそぎ落としている様子を描いています。皮は加工をしないと固くなって衣類に

使えませんので、このように「なめし」をする必要があります。

この技術は、石器時代には開発されていたそうです。

 革製品は衣類の他に「毛皮のブーツ」なども作られていました。意外にも、縄文人は

ブーツを履いていたのです。その後、靴を履くという風習は、平安時代には衰退して

いきました。これは恐らく、温暖で多湿な日本の気候では、靴は水虫の原因になって

快適ではなかったからでしょう。


<ヒミツ3 栗と貝>


 縄文時代には山で木の実を採る他に、「クリ」などを村の周りに植えて、

畑を作っていたことがわかっています。そしてなんと、靑森県の「三内丸山遺跡」では、

建物に直径2メートルのクリの大木が使われていました。

現代ではこれほどの大きなクリにはお目にかかれませんよね。

このような大木を何処から持って来たのはわかっていませんが、もしかしたら、

村で育てた栗の木だったかもしれません。何故って、縄文時代は1万年以上も

続きましたから、そのような大木が育つ時間は十分にあったのです。

 想像してみてください。直径2メートルの幹を持つ巨大なクリの木は、

高さ30メートルくらいはあったのではないでしょうか?

そんな高い所にクリがわんさかなって、ポロポロ落ちてきたら、

「恵」という感謝の気持ち半分、「災い」が振るようなピンチの気分が

半分かもしれませんよね!

 下の絵は貝を捕っているところです。

「ヤマトシジミ」や「アカニシ」「ハマグリ」「カキ」などが主に食べられていたそうです。

古代史といえば「貝塚」がすぐに思い浮かぶように、この頃の人たちはとてもよく

貝を食べていました。

 

<ヒミツ4 絵に登場する生き物を見つけよう!>


 さて、最後にクイズをご用意しました。この時代は自然の中で暮らしていますので、

風景の中に14種類の生き物を描いています。

会場で、実際に「工芸クロニクル屏風」をご覧いただく機会がありましたら、

是非見つけてみてください。


A :シカ

B:クマの親子

C:ゴイサギ

D:フクロウ

E:イヌ

F:カワウソ

G:カラス

H:川をのぼるウナギ

I:川をのぼるシャケ

J:イノシシ

K:ムクドリ

L:川をのぼるモズクガニ

M:メジロ

N:リス


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【プロジェクト担当より】

前回から続いて善養寺さんに屏風の中でももっとも古い時代、

石器時代の絵のヒミツを解説いただきました。最後にはクイズも

出題されましたね。ちょうど今、岩手は盛岡の地で

開催中の岩手博覧会にて、本物の屏風を見ることが出来ます!

ぜひ、実物の絵をみて、答え探しをお楽しみください。博覧会は、明日5/5までです!


会場には屏風絵とともに、その時代を象徴する工芸が展示されています。

石器時代を象徴する工芸は、「石鏃(せきぞく)」。

縄文時代に入り小型の動物が増えたことで、小さな石鏃を使った弓矢の狩猟法が

出現します。石鏃は、その先端部分にあたるもの。矢じりと聞くと、イメージが

湧きやすいでしょうか。サヌカイトと呼ばれるガラス質の岩石の原石を打ち欠いて

剥片をとり、さらに全長3㎝、厚さ0.5㎝程度まで形を整え、表裏から押圧により

刃部を作り上げます。

鋭利な石器を作ることができるサヌカイトは、動物を捕るための石鏃や石槍、

肉を切り分けるための刃物の材料として重宝されていました。


このように人々は、生活に役立つ材料を見出しては、そこに手を加え、改良を重ねて、

より長く、より便利に使える道具を生み出していったのですね。


そして会場ではなんと、本物の石鏃が展示されています!

奈良県田原本町教育委員会さんのご協力により、紀元前2000年頃に

実際に使われていた石鏃をお借りすることが出来ました!

奈良県 唐古・鍵遺跡より出土されたもので、実物を見ると、

その精緻なつくりがよくわかります。


また、ちょっとフライングにはなりますが、そのお隣には博覧会開催地、

岩手を代表する次の時代の屏風絵と工芸も飾られていますので、

会場に行かれる方は、こちらもぜひお見逃しなく。

それでは次号もぜひ、お楽しみに!


【本物の屏風絵が出現!】5月3~5日開催の岩手博覧会の情報はこちら


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