歴史

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歴史
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享保元年

創業は奈良晒の黄金期

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奈良晒の起源は鎌倉時代にまでさかのぼり、南都寺院の袈裟として使われていたことが記録されています。文献に奈良晒の名が登場するのは、16世紀後半に清須美源四郎が晒法の改良に成功してから。17世紀前半に、徳川幕府から「南都改」の朱印を受け御用品指定され、産業として栄えました。当時は主に武士の裃、僧侶の法衣として使われていました。また、千利休に用いられたことから、茶巾としての需要もあったようです。17世紀後半から18世紀前半にかけて産業はピークを迎え、生産量は40万疋にも達したと言われています。当時の繁盛は井原西鶴の『世間胸算用』にも登場するほどでした。
そんな黄金期のさ中、初代中屋喜兵衛が奈良晒の商いを始めたのが、中川政七商店の始まりです。
明治31年

厳しい時代に立ち向かい、皇室御用達の栄誉に

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江戸時代後期から、越後や近江といった他産地の勢いが増し、生産量は往時の10分の1ほどになっていきました。そして、明治維新により武士が消滅したことで最大の需要源を失い、奈良晒の衰退は決定的なものとなりました。しかし、この難局に立ち向かったのが9代中川政七。当時の品質を守り続け、風呂あがりの汗取りや産着などを開発し、新しい市場を切り開きました。汗取りは皇室御用達の栄誉を受けました。
大正元年

自社工場を建て、奈良晒の復興に尽力

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産業は衰退し続け、いったんは廃業寸前にまで追い込まれる中、10代中川政七は奈良晒の自社工場をもつことで製造卸として商売を再建させました。この時代、都市における手工業として再出発した奈良晒は、農家の婦女子の農閑期の大切な家内労働でした。そこに目をつけ、機場を月ヶ瀬・田原・福住に、晒工場を木津川に建て、市場から消え去ろうとしていた奈良晒の復興に尽力しました。
大正14年

パリ万博に麻のハンカチーフを出展

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フランス・パリで開催された万国博覧会に、中川政七商店は麻のハンカチーフを出展しています。極細の手績み・手織りの生地に、鳥草木紋が繊細な手刺繍で施された逸品です。現在も5枚現存しており、直営店に飾られています。
昭和28年

手仕事にこだわり、生産拠点を韓国・中国へ

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高度成長期真っ只中の日本で、人件費・つくり手の高齢化などの問題により、手仕事での奈良晒の製造は難しくなっていきました。奈良晒製造卸業から撤退するか、または国内での生産体制を機械化するか。同業者はどちらかを選択していきましたが、11代中川巖吉はどちらも選びませんでした。巖吉がこだわったのは「手仕事から生まれる独特な風合いを守る」ことでした。そこで人件費を安く抑えるため、生産拠点を韓国、そして中国へと移し、昔ながらの製法を守りました。
昭和48年

茶道具業界へ参画

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12代中川巌雄は、麻の茶巾づくりを突破口にして茶道具業界への参画を図ります。当時職人が発注から納品まで1年近くかけオーダーメイドでつくっていた仕覆(抹茶を入れる「茶入れ」を保護するための袋)に目をつけ、アパレル的発想から、仕様書をつくり内職で仕上げる、というやり方で製作。早い・安い・丁寧な仕覆は評判となり、卸先が一気に増えました。以降、麻を使用したものを中心に、茶道具関連の取扱い商品を増やしていきます。
昭和60年

「遊 中川 本店」開店

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本社の移転に伴い、空いた仕事場(現在の本店)で麻小物の小売を開始しました。それが「遊 中川」のはじまりです。
昭和63年

なら・シルクロード博 出展

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奈良県から出展依頼を受け、「ならシルクロード博」に出展。これまで扱っていた麻素材の正倉院柄のタペストリーや名物裂を販売。多くのお客様が手績み・手織りの手仕事に強い関心を持ってくださいました。「ならシルクロード博」の出展をきっかけに「遊 中川」のものづくりが本格化します。
平成13年

「遊 中川 Tokyo恵比寿店」開店

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東京・恵比寿にアンテナショップをオープン。このオープンのタイミングで、色鮮やかな麻生地を使った雑貨を製作。今も人気の小紋柄「小花」はこのときに生まれました。これにより客層が若い方にも拡がりました。
平成15年

「粋更kisara」発表

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13代中川淳は、ものづくりの想いを「正しく伝える」ためには、自分たちで直接お客様に届けなくてはならない、という考えのもと、直営店出店を加速させ、SPA業態を確立していきます。
「粋更kisara」を東京デザイナーズウィークで発表。「粋更kisara」は2006年に表参道ヒルズにフラッグシップをオープン。更に多くの方に弊社のものづくりを知っていただくきっかけとなりました。
平成20年

決意表明としての出版、花ふきんグッドデザイン賞

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「日本の伝統工芸を元気にする!」というビジョンを掲げ、その決意表明として『奈良の小さな会社が表参道ヒルズに店を出すまでの道のり。』を出版。伝統工芸をベースにしたSPA業態の仕組みを明らかにし、業界特化型コンサルティングを開始します。
ロングセラー商品であった「花ふきん」がグッドデザイン賞金賞を受賞しました。
平成22年

新社屋完成、「日本市」「中川政七商店」発表

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「暮らすように働く」をコンセプトにした新社屋が奈良市東九条町に完成。設計は吉村靖孝氏。この社屋はJCDデザインアワードやグッドデザイン賞など数々の賞をいただきました。
日本の土産ものを扱うブランド「日本市」を発表。
会社名を冠したブランド「中川政七商店」発表。11月には京都・ラクエ四条烏丸に一号店がオープンしました。
平成23年

展示会「大日本市」、「2&9」発表

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これまでお取引のある方だけに公開していた自社の新作展示会を一新。自社だけでなく、コンサルティングをさせていただいたパートナー企業さまとの合同展示会へ。名称も「大日本市」と改め、広く多くの方にご覧いただけるよう開催をオープンにしました。
奈良県は靴下の生産量日本一であることから、日本で靴下の生産がはじまって100周年目の靴下の日(11月11日)に、くつしたブランド「2&9」を立ち上げました。
平成25年

「motta」発表、「中川政七商店 東京本店」開店

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自社6つ目のブランドとなるハンカチブランド「motta」を発表。
東京駅前のKITTEに、初めての大型店となる「中川政七商店 東京本店」がオープン。様々な年代の方にご利用いただいています。
平成28年

創業三百周年

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創業三百周年。スペシャルな年。今から楽しいこといろいろと企て中です。ぜひお楽しみになさっていてください!